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2017/01/12

3学期 始業式講話

| by urayasuminami-h

 皆さん、おはようございます。

 新しい年を迎え、心機一転、気持ちも新たに1年を始めていきましょう。

 

 さて、新たな気持ちでと言いながら、

 いきなり、真逆のような話になって恐縮ですが、

 去年この場で、皆さんに紹介した言葉を、改めて紹介したいと思います。

 もちろん、1年生は初めて聞く言葉です。

  2,3年生、覚えているでしょうか?

 下手くそな英語で紹介した言葉です。

 それは「アメリカン・ビューティ」という映画の中の台詞の1部でした。

 

 1年をスタートする上で、

 また、ちょっとした失敗やしくじりから立ち直るとき、

 元気が出る言葉なので、再度紹介したいと思います。

 「Todayis the first day of the rest of your life.

 意味は「今日という日は、残りの人生で一番はじめの日」でした。

 

 確かに、今日という日は、自分の残りの人生のスタート地点、

 ととらえることができます。

 よく「年の始めに、その年の目標を立てよ」と言われたりしますが、

 何も目標を立てるのは、年の始めと決まっているわけではない、

 思い立ったが吉日、その日がいつだって構わないわけです。

 スタートを切るときの新鮮な気持ちや期待感、

 モチベーションといったものを保つために、

 この言葉は有効だろうと思います。

 

 こんな話をしても、あまりピンとこない人も多いと思います。

 なぜなら、平均寿命からすると、皆さんにはまだまだ時間がたっぷりある上に、

 そもそも人生をリセットして、

 再スタートする必要を感じるような、

 失敗やしくじりをしていないかもしれないからです。

 

 でも、これからの長い人生を考えたとき、

 皆さんは、米倉涼子さん演じるドクターXではないのだから、

 何度かの失敗やしくじりはするだろうと思います。 

 そこから立ち直るためのパワーフレーズの一つとして

 覚えておいてほしいと思うんです。

 2年前の着任以来、折に触れ、皆さんに紹介している 

 「過去と相手は変えられない、変えられるのは自分と将来!」

 というプラス思考のおまじないの言葉も同じです。

 パワーフレーズの候補としてもらえれば幸いです。

 

 そもそも、人間という生き物は、弱く、不安定な生き物です。

 皆さんは、パスカルという科学者の名前を聞いたことがあると思います。

 天気予報で使われる「気圧の単位」でお馴染みかもしれません。

 そのパスカルが今からおよそ400年ほど前にこんな言葉を残しています。

 

 「人間は一本の葦に過ぎない。

  自然の中で最も弱い生き物である。

  だが、それは『考える葦』である。」

 

 どうでしょう?

 聞いたことのある人もいるのではないでしょうか?

 さてこの有名な「考える葦」という言葉について、

 高校時代、ある先生がこんなことを話してくれました。

 

 「パスカルは、この言葉よって、

 『人間は考えることができるから、地球上の他の生物たちよりも優れている』

 ということを言いたかったのではなく、

 むしろ、

 『自然の中で最も弱い生き物である上に、

 さらに、いろいろなことを考えなければならない、

 厄介な運命を背負った生き物なのだ。

 そして、その運命を受け入れて生きていくためには、

 ≪考える力≫を磨くしかない』

 と言いたかったのではないか。」

 というような内容だったと記憶しています。

 

 つまり、人間以外の生き物は、何も考えずに、神様の創ったとおりの生き方をして、

 神様からもらっただけの寿命を全うしてその生涯を終えていけばいい。

 しかし、人間はなまじ「考える力」があるものだから、

 まず、自分の命が永遠ではなく、

 やがて自分が死ぬということを早い段階で知ってしまい、

 その上、何が正しい生き方で、何が正しくない生き方なのかについて、

 絶えず悩みながら、その残りの生涯を終えていかなければならない。

 

 考えてみてください。

 犬が、自分はどこから来て、どこへ行くんだろうかと、

 自分の前世や来世について考えたり、

 猫が、ネズミをとって、無益な殺生をしてしまったと後悔したりしているでしょうか?

  それに比べ人間は、

 考えても、考えても、簡単には答えのでない問題を

 生きている限り考え続けなければならない。

 

 そんな話をその先生から聞いたとき、

 霧が晴れるように世の中の物事が見えてきました。

 よく青年時代に目から鱗が落ちる経験をすると言われますが、

 私の場合は、そのときだったのかもしれません。

 

 たとえば、

 私はキリスト教徒ではありませんが、

 聖書の中にある

 「はじめに言葉ありき。言葉は神とともにあり。」

 という一節も、すとーんと腑に落ちました。

  つまり、どういうことかと言うと 

 私たち人間が考えるときに使う道具、

 それは言葉です。

 言葉があるから、物事が認識できるんです。

 「りんご」なら「りんご」

 「みかん」なら「みかん」と認識できるんです。

 具体的な形ある物事だけでなく、

 形のない、抽象的な「命」ということや「人生」ということについても

 考えることができるし、伝え合うことも、理解しあうこともできるわけです。

 私たちは、言葉によって、

 物事を認識し、さらに考えを深めていくことができます。

 言葉は意思伝達の道具でもありますが、そんな単純なものではない。

 言葉が貧弱であれば、貧弱な考えしか出てこないし、

 言葉が荒々しければ、荒々しい考えしか出てきません。

 丁寧いな言葉遣いが必要なのは、聞いていて気持ちがいいからではないんです。

 考え方そのものを荒まないようにするためです。

 言葉の持つ力を意識したのもこの時だったかもしれません。

 

 そして、

 人生で迷ったとき、くじけそうになったとき、

 自分の支えとなってくれる言葉をもっているのと、そうでないのとでは、

 全く違う人生になると思います。

 皆さんもそれぞれのパワー・フレーズを見つけてください。

 そんな意味を込めて、繰り返しになりましたが、

 「今日という日は、残りの人生で一番はじめの日」

 という言葉を改めて紹介しました。

 

 2017年、平成29年をぜひとも良い1年にして行きましょう。

 以上です。



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