千葉県立浦安南高等学校
授業紹介、校舎案内および部活動紹介の動画です。是非ご覧ください! 
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更新履歴(R2)

【4月8日】
 ・新年度トップページを作成。
 ・緊急のお知らせ(新型コロナウィルス感染症関連)を引き続き掲載。
 ・「臨時休校中の生活について」を新設。
【4月10日】
 ・校長室だより(新年度)を作成。
 ・校長室だより 特別動画版を新設。
【4月21日】
 ・「臨時休校中課題のお知らせ」を新設。
 ・「スクールカウンセラーからのお知らせ」を新設。
【4月22日】
 ・「教育相談係より」を新設。
【4月24日】
 ・「外国にルーツがある生徒と保護者の皆さんへ」を新設。
 ・生徒用ページ「課題等」「休校課題一覧」を新設。
【7月21日】
 ・「行事日程変更のお知らせ」を新設。
【7月28日】
 ・「その他のお知らせ」を「保健関係のお知らせ」に改題。
【7月30日】
 ・「臨時休校中課題のお知らせ」を削除。
 ・「臨時休校中の生活について」を「各種相談窓口」に改題。
 ・「学校案内のお知らせ」を新設。
【9月24日】
 ・「日程変更のお知らせ」を新設。
 

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校長室だより R2

校長室だより R2
2021/03/25

令和2年度終業式式辞

| by urayasuminami-h

 激動の令和2年度、最後の終業式です。本年度で本校を去る先生方もいらっしゃるでしょう。きっと、「皆さんとの学校生活を通して、皆さんが日に日に変化し、成長している様子を目の当たりにできて本当によかった。しかし、これで本校ともお別れだな」。と万感の思いでこの話を聞いておられることでしょう。別れが決まると、その時、何だそうと知っていればあの時もっとこうしておいたものをと、お互いに思うものです。そういう意味において、「一期一会」であるし、人との出会いと別れは大切でかつ神聖なものだと思うのです。ですから、今日の年度末最後の終業式はとても大事なのです。
 さて、校長の仕事の一つに、こうやって式の中で皆さんにお話しするということがあります。教師というのは、話をすることが商売ですから、こうして皆さんに話をすることは何のことはないだろうと思うかもしれませんが、これがやってみると結構難しいものなのです。こうして、わざわざ時間をいただいて、話をするのですから、聞いている皆さんに少しでも「面白い」というような内容でなければ意味がありません。この「面白い」は、言うまでもなく、笑い転げるようなおもしろさではなく、「ふーん、なるほど」「そうだったのか」といった高校生である皆さんの心に届くようなことを意味しています。高校生の皆さんの等身大のイメージで、ちょっと背伸びして聞いて欲しいと思いながら、実は毎回原稿を考えているのです。そうなっているかは、自身がありませんけれど。
 今日の話は、4月に迎える新入生の話を最初にします。そして、改めて皆さんが本校で取り組んでいることの価値の話をして、最後に通知表の話で終わりたいと思います。
 皆さんも新聞等で知っていることかもしれませんが、来年度の本校の新入生は、約半数と例年になく少なくなってしまうこととなりました。私たちも大変に驚いたのですが、志願者が大幅に減少してしまいました。全県的にみても公立高校への志願者が激減しました。中学校の校長先生方にいろいろとお話を伺ってみると、今年は、感染症拡大の状況下で、中学生や保護者が早く進路先を決定させたいという心理状態があったようです。これ以外にも原因はいくつかあり、複合的に今回のような残念な結果になったようです。地域の方々からは、「浦安南高校は、本当によくやっている」との評判が消えることはありません。中学校の校長先生の中には、例年のようにたくさん受検させることができず、申し訳ない
おっしゃる方もいらっしゃいました。冒頭に述べましたが、皆さんが入学後、大きく成長し、自信をつけ、成長している様子は間違いのない事実です。これほどまでに生徒が高校時代に変化を遂げる学校も多くありません。残念ながら、来年度の1年生は少なくなりますが、皆さんと共に浦安南高校の素晴らしさを新入生に伝え、皆さんと同じように、しっかりと「高校生」になれるように、アドバイスをお願いします。
 また、来年度は皆さんにも今まで以上に学校広報活動に協力して貰い、PR活動に努め、本校で皆さんと共に学びたいと思う中学生を募っていきたいと考えています。重ねて言いますが、皆さんが、本校に入学して1年、2年と過ごしてきて、様々な授業や行事、部活動などを経験したり、先生方や仲間と出会ったりして、新しい自分に気づき、成長している姿は、目を見張るものがあります。数字では表しませんが、多くの人は、小学校や中学校時代に何かしらのつまづきを経験しています。勉強だったり、人間関係だったり、ほんとうにいろいろな経験をしています。でも、本校に入学して、環境が変わり、一つ一つをしっかりと身につけようと挑戦し、努力をしています。これが大切なことなのです。さらに、その皆さんを支える、一流の教職員がいるのです。これは、なかなか他校にはないものです。ですから、近隣の中学校の評判がよいのです。多くの中学生に本校の良さを知ってもらえるように、皆さんにも是非、協力をお願いしたいと思います。
 ひとつ、有名な漢詩を紹介しましょう。皆さんも一度は聞いたことがあるはずです。


少(しよう)年(ねん)老(お)い易(やす)く 学(がく)成(な)り難(がた)し
一寸(いつすん)の光(こう)陰(いん) 軽(かろ)んず可(べ)からず
未(いま)だ覚(さ)めず池塘(ちとう) 春草(しゆんそう)の夢(ゆめ)
階(かい)前(ぜん)の梧葉(ごよう) 已(すで)に秋(しゆう)声(せい)

 どうですか。「聞いたことある」という人も多いでしょう。意味はこんな感じになります。
 「若者はアッという間に年をとってしまい、学問はなかなか完成しにくい。だから、少しの時間でも軽軽しく過ごしてはならない。池の堤の若草の上でまどろんだ春の日の夢がまだ覚めないうちに、階段の前の青桐(あおぎり)の葉には、もう秋風の音が聞かれるように、月日は速やかに過ぎ去ってしまうものである。」こんな感じでしょうか。
 私は、この詩をたぶん高校生くらいの時に知ったように記憶していますが、その時には、「少年と老い」という言葉がとてもそぐわないなと感じて印象に残りました。これは皆さんのような若い時にはあまり思わないことですが、私のように年を重ねてくると、とってもしっくりとそう思うのです。今の私は58歳。高校生の頃、その年齢の人を見たら、随分と歳をとっていて、何でもわかっている人生の達人のように思っていたものですが、実際、自分がその歳になると、そんなことは全くありません。同じように、皆さんも、小学生の頃、高校生はとても大きくて、すごい人たちだと思っていたでしょうが、いざ、自分が高校生になってみると、すごくも何ともなく、悩みとか心配事は子どもの頃よりたくさんあるでしょう。だからこそ、学ぶことに躊躇せず、積極的に挑戦して欲しいのです。
 今日は、各教室で通知表が渡されます。それを見ながら、できたこと、できなかったことを振り返り、4月からの自分の在り方を想像して下さい。そして、是非、少し背伸びをして、新しい学年を迎えて欲しいと思います。皆さんのさらなる成長を期待して、式辞とします。

令和3年3月24日(水)

千葉県立浦安南高等学校
校 長 勝 田 幸 裕


13:06
2021/03/18

令和三年度卒業証書授与式校長式辞

| by urayasuminami-h

 式 辞
 ここ浦安高洲の海風にも確かな春の香りを感じるこの佳き日に、ここに第三五回卒業証書授与式を挙行できますことは、教職員一同、この上ない喜びであります。
 ただいま、卒業証書を授与しました一一八名の卒業生の皆さん、御卒業、誠におめでとうございます。本校での三年間で皆さんが積み重ねた努力や弛まぬ姿勢には、敬意を表したいと思います。蛍雪の功なり本日を迎えられたこと、心からお祝い申し上げます。
 人は見たこともないものに出くわしたとき、違和感を覚えます。この感覚のことを英語でstrangeといいます。皆さんはstrangeは「変だ」「奇妙だ」と覚えているかもしれませんが、元々は「みたこともないようなもの」という意味です。そして、この違和感であるstrangeは、今回の新型ウィルス感染症に私たちが出くわし、格闘している時に、まさに感じていることです。学校は昨年度の三月から本格的に対応が始まりました。今年度は世界的にこの未知なる生物との戦いの日々となりました。そして本日のかけがえのない卒業式の場をいかにして設定するかについても、先生方とかなりの時間、悩み抜き企画しました。卒業していく皆さんの晴れの姿を一目見たいと望んでいた中学校の先生方、また先輩である皆さんを心から祝福したいと思っていた在校生の皆さん、そして、とりわけ、誰よりも皆さんを慈しみ、皆さんをここまで手塩にかけて育ててくださった保護者の方々や御家族、御親族の方々にお見せしたいと心から願っていました。今、本校ができることで精一杯やることとし、規模を縮小し、リモートを駆使して行っています。何卒、御了承ください。今の状況下で、本校らしく最もふさわしく、最高の式にしようと思っています。皆さんの卒業を祝い、巣立つ皆さんの前途を心から期待していることについては、これまでと同様、いや、これまで以上の思いを持って職員一同この卒業式に臨んでいます。どうぞ、卒業生の皆さんは、眉を上げ、堂々と胸を張って、これからの人生に向けて歩み出してください。
 さて、これからの時代を生き抜いていく卒業生の皆さんへ、鼓舞激励の言葉を贈りたいと思います。
 これからを語るキーワードは巷に溢れています。AI(人工知能)や5G(次の時代の携帯通信システム)、Society 5.0(情報化社会の次の社会)、IoT(モノのインターネット化)などなど、枚挙に暇がありません。この中の多くの人たちは、五年後や一〇年後、今の世の中には存在しない業種や職種に就業している人もいるでしょう。「一〇年一昔」と言っていましたが、これからは三年や五年ですっかり変わるでしょう。あるテレビのキャラクターの名台詞「ボーッと生きてんじゃねぇよ」はまさしく本質を突いているともいえます。そういう時代に生き抜くには、周囲に対する意識や感覚を研ぎ澄まし、変化に対応する柔軟さや多様性に対応できる力が求められます。恐らくそうなるでしょう。しかし、そんな時代だからこそ、今、こうして高校生活を終え世の中に出ていこうとする皆さんに、敢えて、人として、人間として、どんな時代が来ようとも忘れて欲しくない普遍的な思いを話したいと思います。
 一つのわかりやすい例として、今日は、昔聞いたことのあるロシアのある作家の話をします。
 寒い日の夕暮れロシアの作家であるツルゲーネフは、町のほとりの橋のたもとでひとりの物乞いをする老人に出会いました。物乞いというのは他人に物を恵んでくれるように頼むことをいいます。その老人は寒さに震えてうずくまっていました。ツルゲーネフはポケットの中を探してみたけれど、自分もお金は一銭もなく、人に与えるものも何もなかったことに改めて気づきました。でも、だからといって、その場から黙って通り過ぎることはできませんでした。彼は、震えている老人の前で膝を折って「友よ」と呼びかけました。老人はそのことばに驚いて顔を上げました。「あなたに差し上げるものは何一つ持ち合わせていない。許しておくれ、せめてあなたの冷え切った手をあたためましょう」と語って老人のしわがれた手を両手に挟んで、しばらくの間あたため続けました。老人はぽろぽろと涙を流しながら「私は今までこんな素晴らしい施しを受けたことはありません。ありがとうございます」と何度もお礼を言いました。後にツルゲーネフは「私もあの老人から素晴らしい施しを受けた」と述べています。
 この話のポイントは、なぜ老人はぽろぽろと涙を流しながら、お礼をいったかにあります。人は、自分自身の持つ生きがいと他人から愛されている、認められる、必要とされると感ずることで本当に生きているといえます。物乞いをしていた老人は、絶望の淵に立たされたような状況にいましたが、ツルゲーネフから愛され、認められたと感じ、その心に動かされたのです。これが人として、人間として、どんな時代になろうとも、人として持つべきとても大切な思いだと思います。たとえ時代が変化しようと、新しいことが始まろうと、また、自分が毎日の生活にいっぱいいっぱいで、経済的にも精神的にも余裕がなかったとしても、他人の存在を認めたり、大切にしたり、必要であると伝え、表現していくことで、必ず自分の生きる糧になっていくのです。「情けは人のためならず」です。世の中には、多少人より多く点数が取れても、性格の悪い奴はいくらでもいます。時代が劇的に変化していったとしても、心豊かに愛に溢れる生き方をして欲しい。それができるのは皆さんです。
 本校で過ごした三年の間、一人ひとり、山あり谷あり、決して平らに道ではなかったでしょう。いくつもの日々を越え、内面を変容させて成長し、進級し、今へとたどり着き、卒業していくこの道のりは、長く、諦めかけたこともあったかもしれません。その度ごとに家族や先生方、周りの友人たちから認められ、必要とされていくことの大切さを、それぞれの人が感じてきたことと思います。どうか、卒業に際し、こうした人々から受けた施しや、たくさんの支えの中で歩いてきたことを忘れずに生きていって欲しいのです。そして、何をするべきかとか、どう表現するべきかとかを常に意識し、世のため人のために、日々を紡いでいってくれることを心から期待しています。時代は変化しても、世の中は皆さんが活躍することを心待ちにしています。これを皆さんへの、私からの餞とします。
 次に、卒業生のこの旅立ちを、暖かく見守っていただいている保護者の皆様に、御挨拶を申し上げます。先日行いました学校評価アンケートである保護者の方から、「中学の時に進路に悩みながら浦安南高校に入学させました。入学後は遅刻や欠席もせず、本当に楽しそうに毎日学校に通っていて、浦安南高校に入学させて心からよかったと思いました。」とのコメントをいただきました。もちろん、至らぬ点も多々あり、すべての方々が一00%満足するということにはならなかったかもしれません。ただ、こうしたお声をいただいたり、年々、お子様の様子から、高校生活が充実していると感じられる保護者の方々が増えてきているデータに触れたりする度に、教職員一同、とても励まされ、大きな糧となっております。これまで本校の教育活動に対しまして、御理解と御協力を賜りましたこと、心より感謝を申し上げます。また、親として保護者として立派にお子様を育て上げられてきたことに敬意を表すとともに、改めてお子様の御卒業を心からお祝い申し上げます。
  終わりにあたり、卒業生の皆さんの前途に輝ける幸が多からんことを、そして、保護者の皆様方、御列席の皆様方のますますの御健勝をお祈りし、式辞といたします。


令和三年三月九日

千葉県立浦安南高等学校
校 長 勝 田 幸 裕


09:12
2020/09/03

令和2年度 第2学期始業式 校長式辞

| by urayasuminami-h
 いつもとはちがう夏。こんなことばをよく耳にする夏休みでした。皆さんはどう過ごせたでしょうか。今日から2学期が始まりますが、残念ながら2学期もまた、今までとはちがう日々になることと思います。さまざまな学校行事も感染症拡大防止に最大限配慮したものにしていきます。その時々に先生方から説明や指導がありますので、今までと同じようにしっかりと受け止め、落ち着いて行動して下さい。
 また、今日は防災の日でもあり、今週は防災週間にもなっています。本校では後日、津波避難に関する行事を別途企画していますが、常に備えを意識することは家庭でも、学校でも、職場でも不可欠で社会の一員の当然の義務です。今日を契機として再認識しましょう
 さて、この夏休み中にまちコミメールやHPでもお伝えしましたが、本校の生徒の皆さんが新聞やテレビに取り上げられることがいくつかありました。中でもボランティア部の皆さんと3年生の有志の皆さんが作成した折り鶴やマスクをお隣の特養老人ホームの皆さんに贈呈したことは、たくさんのメディアでも取り上げられ、目にした人も多いと思います。今日は、このことについて、少し取り上げたいと思います。
 3年生の皆さんは知っていることですが、本校はお隣の特養老人ホームの入居者の皆さんとずっと交流をしてきました。昨年度は実現できなかったのですが、今まで本校の体育祭には、たくさんの入居者の皆さんが競技を観戦し、声援をおくってくれていました。図書委員会の読み聞かせや吹奏楽部の皆さんの演奏なども入居者の皆さんがとても楽しみにしてくれているイベントです。こうした交流が今年はできないということ、さらにはそれでも入居者の方々と何らかの繋がりを示したいという思いから、折り鶴とマスクを提供することなりました。「会えなくても心は繋がっています」というメッセージと共に贈呈し、特養老人ホームの総園長さんから、その気持ちがとても嬉しいし、とても大切だとのお話をいただきました。時間を作って作成をしてくれた3年生の有志の皆さんやボランティア部の皆さん、御協力をいただいた保護者の方々に私からもお礼を申し上げたいと思います。
 こうした人に対して何かを施そうとする行いを「ボランティア」と呼んでいます。このボランティアという言葉のもともとの意味を皆さんは知っていますか?このボランティアというのは、もともとは自発的という意味です。自らが自分の意思で決めて行動する。そう考えるとボランティアというのはなかなかハードルが高いと思いませんか。実は、このボランティアという行動は欧米などではよくみられる事柄です。これは、恐らく、キリスト教という宗教による教えが欧米人の行動規範となっていて、自分の力を何か世の中の役に立たせようという思考が根底にあるからだと私は思っています。日本ではこのような宗教によるところの行動規範ということは欧米のようには定着していません。もちろん、日本には日本的な考え方があるのですが、あまり宗教的であるとは言いがたいと思います。私の言いたいことは、実は「ボランティア」という行動そのものは、そもそもあまり日本では定着しにくいだろうということなのです。実際、皆さんも知っている人や身近な人には挨拶をしたり、何かしら助けたりすることはできたとしても、見ず知らずの人に声をかけることはなかなかしないでしょう。しかし、私は、この学校の皆さんには、敢えてこうしたボランティアのハードルを越えて欲しいと思っています。というのも、参加した人は感じたと思いますが、相手からの感謝のことばやお礼、「よくやってくれたよ」とか「助かったよ」といったことばを聞いたときに、自らが起こした行動そのもののことよりもかけてもらえた言葉で笑顔になったり、嬉しかったり、心が温まる思いができるからです。感謝されることが目的なのではなく、自分の行動で人の心が動き、気持ちが伝わり、思いを分かち合える経験ができることに意味があると思っています。「情けは人の為ならず」ということわざがあります。たまに、「情けをかけることはその人の為にならない」という間違った解釈をする人がいますが、このことわざは、「人に情けをかけることは、その人のためになるばかりでなく、巡り巡っては自分自身に返ってくることである」という意味です。人が何を求め、何を欲しているかを考えていくと、必ず自分の生きる姿勢や考え方にも変化が起こりますし、何よりも自分の周りの環境、家族や友人関係がよくなります。
 今、感染症拡大がなかなか収束できません。皆さん自身が感染してしまったり、皆さんの友人や先生方、家族が感染することだってあり得ることです。そうした時、感染してしまった人が何を求め、何を望んでいるのかに思いを馳せ、行動して欲しいと思っています。「情けは人の為ならず。」緊張やストレスが溜まりやすい環境下だからこそ、今大切にすべきことと思い、始業式の話題にしました。今学期の皆さんの活躍を期待しています。

令和2年9月1日(火)
千葉県立浦安南高等学校 
校 長  勝 田 幸 裕
14:41
2020/07/31

令和2年度 1学期終業式 式辞

| by urayasuminami-h
 皆さん、おはようございます。勝田です。またまた、放送による式辞です。できる限り皆さんにわかりやすい話にしたいと思っています。今日の話は、社会的に成長することについてと進路の話をします。少々長い話になりますが、しばらくおつきあい下さい。
 さて、今までだれも経験をしたことのない学校生活のなか、長かった1学期の最終日を迎えることができたことをとても嬉しく思っています。とはいえ、今回の感染症が収束したわけではありません。むしろ、感染者の拡大がとても懸念されていますが、皆さんは新しい生活様式に合わせて、まわりを意識して行動していますか。周囲を見渡してごらんなさい。マスクを外している人、マスクをしている時でも、興奮して大声で話したり、奇声を上げたりしている人などはいませんか。フードコートなどでいつまでも友達同士で食べたり飲んだりしている人、仲良くなった友達と泊まりに行く約束をしている人などなど、どうでしょうか。自分の胸にも手を当てて振り返ってみて下さい。皆さんに守って貰いたいことは、自分が何をしたいかではなく、何が求められ、何をすることが必要か、何をすべきかを考えて行動することです。何をしたいかだけで行動するのでは、本能のままだけで行動する進化のない生物みたいなものです。社会的な成長は、自分の行動を決めるときに、考えたり、周囲をみたり、感じたりするところから始まります。みられている自分を意識して行動して欲しいのです。わかりやすい例でお話しします。最近、県内のあちこちでも猿の目撃情報が寄せられていますが、皆さんは動物園の猿をみたことがありますか。たいてい、猿を飼育している施設では、一般の観客に対して、「猿の目を見ないで下さい。猿は目を合わせられると攻撃をされていると思って、襲ってきます」というような注意書きがあります。ここに人と猿との明確な違いが見え、とてもおもしろいところです。つまり、人から見られていることを意識して、自分の行動のあり方を考える人間と、みられていることを攻撃されていることと感じてしまう猿とは、明らかに進化の様子が異なるのです。もっとも、人でもごく稀ですが「ガンを飛ばした」などと攻撃を仕掛けてくる輩もいないわけではありませんが、進化前なのかもしれません。いずれにしても、高校生は、中学生までのような子どもではなく、自分がしたいことをするのではなく、して欲しい、そうあって欲しいと思われるように行動をコントロールすることが大切なのです。社会的にしっかりと成長し、高3になれば大人社会に入っていくわけですので、この社会的成長は不可欠なのです。
 ところで、今日の話は、皆さんの進路についてです。実は、進路を決定していくプロセスにも、今のような社会的な成長や見方が重要になります。
 3年生の皆さんは、いうまでもなくこの1ヶ月は自分のこれからの道を考える重要な日々になります。進路を決定するというと、「何をしたいか」「どんな職業につきたいか」「どんな勉強がすきか」といったことを考えるでしょう。ところが、これが意外と難しいことが多いと思います。なぜなら、自分がこうしたいと思ってもすぐに職業に結びつくとは限りませんし、そもそも、こうしたいということが見つからないと思っている人も結構いるのではないでしょうか。サッカーが好きだといってもサッカーを職業にすることはたいへんだと感じるでしょう。アルバイトでもお金になるからいいという人もいるかもしれませんね。ここで先ほどの社会的視点を持ちだしてみて、ちょっと考え方を変えてみましょう。あなたにどんなことをして欲しいと「周りの人々」は思っているでしょうか。「周りの人々」というと家族かもしれませんが、もっと広く世の中の人と考えてみてもよいでしょう。もう少し違う問い方をするなら、「あなたのどんな力を世の中に貸してもらえますか」となるとどうでしょうか。恐らく今の自分の中で、自分が自分で認めたいところ、人には言うことはないけれど、好きなところ、人からはたいしたことないと思われるかもしれないけれど大事にしていること、そんなことが実はあなたの本来の姿なのだろうと思います。少し具体的に例を出すと、髪型をいろいろと考えたりすることがとても好きな人が、美容師になろと美容の専門学校の進学を考える。よくある話です。この場合は、本人が自分の髪型を考えることがすきということと職業とは同じではありません。他人の髪型をきれいにしてあげて、その技術にたいして対価となる報酬をもらうわけです。つまり、本当に他人の髪型をきれいにしてあげたいと思っている自分が存在しているかを確認しなければなりません。そう確認できたならば、これを成し遂げるために、お金を貰うための技術の修得や努力も必要になります。美容師の世界では、ロッドを何千、何万本巻くかが大切だ、などと言われます。自分の中にある気持ちと社会的に求められている姿に折り合いをつけていくことが、進路を決めるということなのだと、私は思っています。このことは、学力とか能力とかに関係なく、誰でも同じことなのです。自分の骨折を治そうと医学部に進学する人はいないのです。こうしたことを考えていくときには、大人と話をすることをすすめます。同級生の友達は、残念ながら経験がありませんから同感してくれますが、解決には至りません。この夏、担任の先生や進路の先生を中心によく話をして欲しいと願っています。くれぐれも強調しておきますが、成績が悪いからとか欠席が多いからとか、自分のうまくできなかったことや得意でないことを先に考えるのではありません。そうした面もその人の一面。そういう自分とどうつきあうのか、どうなると世の中から受け入れてもらえるのか、よく考えて欲しいのです。こういう取組が必ず皆さんの社会的成長へと導くはずです。
 1・2年生の皆さんはどうですか。今の高校生は、進路のことをまだ先の話と思っている人は意外と少なく、どうしようと焦ったり、何から手をつけようとか、具体的なことを考えようとしている人が多いようには感じていますが、いかがですか。確かに自分と向き合うことは勇気も必要です。でも、このことには、時間もかかります。この夏を機に考えてみてはいかがでしょうか。高校までは普通科というものがあり、この学校も普通科です。でも、高校をでると、そこに「普通科」はありません。全部、違うのです。その違いと自分自身とを合わせていくことが進路選択です。どうぞ、自分との対話に時間を費やして下さい。
 感染症との戦いは人類の歴史と共にあります。幾度もその戦いのなか、常に人は勝利を収めてきましたが、これは何も特別な人がいたからではなく、その時々に生活をしていた一般の人々がさまざまな知恵と勇気と行動で勝ち取ってきたものです。自分がしたいややりたいだけで行動せず、世の中にいる自分を意識して生活をして下さい。皆さんの社会的成長を楽しみにしています。

  令和二年七月三十一日
 千葉県立浦安南高等学校
 校 長  勝 田 幸 裕
12:33
2020/04/10

「千葉県立浦安南高等学校第37回入学式」校長式辞

| by urayasuminami-h
 満開の桜のあとを追うように、木々の芽は膨らみ、さまざまな生き物の息吹とともに、春の香りがより一層あたりに満ちあふれ出す、ものみな全てに躍動を感じる季節。この佳き日に、本校PTA会長 渡辺 誠 様の御臨席を賜り、ここに本校第三十七回入学式を挙行できますことは、教職員一同、大きな喜びとするところでございます。
 ただいま、入学を許可いたしました、一五七名の新入生の皆さん、入学おめでとう。心から祝福するとともに、歓迎いたします。
 皆さんは、義務教育を終え、さらに向学の志を立て、本校の第三十七期生として入学しました。ここに至るまでの皆さんの努力は大変なものだったと思います。高校生活を始めるにあたり、御家族の温かい愛情や皆さんを教え導いてくださった周囲の多くの方々、そして、共に励ましあった友への感謝の気持ちをどうか忘れないでください。そして、すがすがしい気持ちで、高校生活への第一歩を踏み出したこの日のことを忘れることなく、覚悟をもって所期の目的を果たして欲しいと思います。
 入学に際し、私から新入生の皆さんに考えてほしいことがあります
 それは、私たち人間にとって、「学ぶ」とはどういう意味をもっているのかということです。確かに、皆さんは本校に入学し、高校三年間の所定の授業を修め、将来の進路へとつなげていこうと考えていることでしょう。しかし、「学ぶ」という行為は、単に「高い点数が取れる」とか「何かを覚えた」ということを意味しているのではありません。「学ぶ」ことを通して、自らの人生をより豊かに、より価値のある生き方をしていくことが大切なのです。人生を豊かに生きるとは、お金を多く持つことや偉くなったりすることではなく、自分を含め多くの人々の魂に充実感と感動を与え、少しでも多くの人の心の中に生き続け、より良いこと、より価値のあることを世の中に残すことです。自らがより良い生き方、価値のある生き方をして、世のため、人のためになることをし、お金では計り知れない、良質でたくさんの感謝や安心感を人に与えるには、よりよいこととは何か、より価値のあることは何かを知り、感じることが必要なのです。それでは、なぜ、価値のある生き方をしなければならないのでしょうか。ボーっとして生きていてはなぜいけないのでしょうか。それは、私たち人間は生きている間にたくさんの借金をしているからです。この借金をかえさなければならないからです。借金とは何でしょう。朝起きて、食べたものを思い出してください。パンやご飯はすべて元々植物であり、植物を刈り取って、その命をいただいています。肉や魚はいうまでもありません。場合によっては、残飯を出したり、汚したり、電気やガスなども空気を汚し、環境を汚染し、私たちはもっぱらこの世の存在に迷惑をかけて生きているのです。つまり、借金をしているのです。生きている間に、この借金は当然返さなければなりません。どう返すか。いただいた分、汚した分だけではなく、何か価値のあることを残さなければ、借金を返済したことにはなりません。だから、何が価値のあることなのか、何が良い生き方なのかを知ることが、「学ぶ」ことなのです。
 幸いなことに本校は、皆さんが、この「学ぶ」ことのできる教育を用意しています。学び直しや基礎基本を確実なものにするための少人数教育やカリキュラム、八十五%以上の先輩たちが熱心でわかりやすいと評判の授業、志を同じくする仲間など、申し分のない環境があります。さらに、地元の方々との交流やボランティア活動などを積極的に取り入れています。このことは、本校の教育活動でもっとも大切な基盤の一つとなっています。それは周囲に対する感謝の気持ちはもとより、真に生きていることの価値に触れられるような経験をしていくことであるからです。ぜひ皆さんにもこの浦安の地域との様々な交流を経験し、世のため人のために活躍しうる人材へと成長していって欲しいと願ってやみません。
 また、人は生きていると、様々に思い通りにならないことに出くわします。震災や昨年度のような自然災害、そして今回のような感染症。こうした災難にはいつ遭うかわかりませんが、思い通りにはいきません。自分が生まれてくることも思い通りにはいきませんし、子は親を選べません。人は生まれてくるところから、思い通りにはならない運命にあるように思います。人と出会うことや別れることも、また然りかもしれません。このように思い通りにならないもの、それを「苦」といいます。苦労の「苦」です。もともとは仏教のことばで、「宿題を仕上げるのに四苦八苦した」などと使う「四苦八苦」は仏教用語です。こうした思い通りにならないこと、避けがたいことに出会ったときに、どう対応するか、その対応の仕方で、その人の人生の価値が決まるともいえます。今回のような難局にあっては、人間が元来もつ「復元力」が鍵を握るといわれます。船が横風を受けたときなどに転覆しそうになった時、元に戻ろうとする力を「復元力」といいます。船の特性や周辺の環境や様子、優先順位などさまざまな情報をしっかりと収集し、選択し、確実に実行することが求められます。これらは皆さんの生活では、すべて学びの中にあります。こうした難局にあって、改めて「学び」の必要性や重要性があるといえるのです。
 新入生の皆さんはそれぞれ、よい個性や素晴らしい能力を持っていると思います。どうぞ、本校での三年間において、自らに誠実に向き合い、さらに「学ぶ」ことで自らを磨き上げ、そのことを自分のためばかりではなく、世のため、人のために使えるような、人から感謝されるような、そういう人間に成長することを願っています。
 保護者の皆様、本日はお子様の御入学、誠におめでとうございます。お子様の成長を見守り続け、今日のこの日を迎えられました。ほっとすると同時に、感激も一入のことと思います。また、一方で今の難局にあって、様々に不安も抱えていることと思います。私ども教職員も一緒になって、よりよい学校教育の提供に努め、安心で安全な学校をつくって参ります。大切に育ててこられたお子様を今日からお預かりすることになりますが、私たちは人として正しいことを勧め、社会に出て通用しないものは通用しないとはっきり伝えていきます。一人一人のよさを大切にし、社会に貢献できる人材を育成するため、保護者の皆様におかれましても、本校の教育方針をしっかりと御理解いただき、力強い御支援を賜りますよう心よりお願い申し上げます。
 結びに、本日、入学された皆さんが、本校で「学び」を進化させて大きく成長し、地域社会に貢献できる人材となることを心から祈念し、式辞といたします。

令和二年四月七日
千葉県立浦安南高等学校
校長 勝田幸裕

11:33
2020/04/10

令和2年度第1学期始業式 校長式辞

| by urayasuminami-h
 おはようございます。
 やっと令和2年度の幕が開きました。まだまだ不安定な幕開けですが、本当に久しぶりに学校に登校する皆さんに会えて、ほっとしました。皆さんも同じかもしれません。
 昨年度、何度となくあった台風や大雨や九年前の東日本大震災といった自然災害が起こる度に「想定外」ということばが飛び交いました。今回のような感染症は「想定外」なのでしょうか。実は、企業を経営したり学問を研究したりしている人たちがよく使う「危機管理」という考え方のなかでは、この感染症のような危機は想定されていました。私たちは以前にも麻疹が流行したときや新型インフルエンザやSAASのような感染症のときなど、実に多くの経験をしてきているのです。しかし、今回の感染症は今までのものとは違い、人類にとってかなりやっかいな状況といえます。このような状況下で大切なことは、自分が罹らないと思わないこと。正しく臆病になることだと思います。感染しても発症するまでの期間が2週間ほどあり、感染した状態で本人も知らないうちに人に感染させてしまう恐れがあると言われています。そうなると、できるだけ罹らないようにしていくには、それぞれの行動を規制する他に手立てがありません。学校は皆さんにとって、常に安心で安全な場所でなければなりませんが、この目に見えず、発症までに時間のかかるウィルスから皆さんを守るには、残念ですが学校を一時的に休業にして、皆さんの行動を狭めるしかないのです。つまらないとか面倒だとか、煩わしい(皆さんの言葉では「ウザイ」でしょうか)と感じるこの頃だと思います。しかし、今の我慢や行動の変化は、確実にあなた方一人ひとりの「生きる」を実現することであり、あなた方の周囲の人たちを「生かす」ことにつながるのです。私たちは自分たちの未来のために「生き抜かなければ」ならないのです。
  今日の始業式やこの4月の計画も、先週、先生方で幾度となく話し合い、現在の状態で対応できるギリギリの体制を模索した結果です。先生方は常に皆さんにとってよりベターな状況を作り出そうと必死に考えています。明日からまた、しばらくの間、学校を休校とします。この間の過ごし方や学習の方法など、本来なら授業やHRの中で話をするところですが、そうすることもできません。先生方とは、本校のホームページなどで皆さんにお伝えできるようにしていきたいと話をしています。必ず毎日、本校のホームページを見て、求められている課題を実行していって下さい。
 授業をなかなか始められないことについては、とても残念に思います。しかし、今日、こうして始業式を迎えたことで、皆さんはそれぞれが一学年進級したことになります。昨年度もそうであったように、今年度も何かと不安定な日々が続くかもしれませんが、一日一日、足下を確かめながら学びの道を進んでいくことを願い、始業式の式辞とします。

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