校長挨拶

  国分高等学校のホームページをご覧いただき、ありがとうございます。

今年度、千葉県立国分高等学校第20代校長として着任しました 川嶋 篤です。

よろしくお願いいたします。

 

 本校は昭和39年、東京オリンピックの年に地域社会の高等学校新設の強い要望に応え、市川市では2番目となる全日制普通科高校として、緑豊かな市川市稲越の地に開校しました。本年で開校57年目を迎えます。

 開校以来、「自主自律」の校訓のもと、バランスの取れた人間育成を目指した教育活動に職員、生徒一体となって取り組んでいます。

 国分高校の生徒は、日々の学習活動、学校行事、部活動、生徒会活動にとても意欲的で充実した学校生活を送っています。進路では、大学・短大等を目指す生徒が多く、令和元年度卒業生の進路決定率は93%を超えています。

 落ち着いた生活態度と何事にも前向きな真摯な態度は、地域社会をはじめとした県民の皆さまからの評価も高く、校長として誇りに思います。また、2012年より、ユネスコ・スクールに加盟し、生徒一人ひとりの「心の中に平和の砦」を構築することを目指しています。

 

本校への進学を希望する皆さん、国分高校は皆さんの期待に十分応えられる高校です。

 地域の皆さま、保護者の皆さま、そして同窓生の皆さま、今後ともご支援のほどよろしくお願いいたします。

                                                           

 

校長日誌

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2020/02/18

市川の梨についてポスターをつくりました

| by Y.T
 市川は梨の産地として知られ,「市川の梨」は有名ブランドです。この梨を世に広めたのが現在の市川市八幡に住む川上善六です。
 寛保2年(1742),江戸時代中期に善六は生まれました。当時の八幡は市川の砂州上にあり,南は海に,北部は真間の入り江の湿地が広がる地域であったため,穀物の栽培には適さない土地でした。こうした土地であったため,村人の生活は貧しく,決して楽ではなかったといいます。
 善六も祖父の代から借財を抱え,苦しい生活を送っていましたが,幼少のころから祖父を助け,父に仕え,ついにその借財を返済したといいます。当時の代官は善六の孝義をたたえ,享和元年(1801)金千匹を与え,苗字帯刀を許しました。
 こうした川上善六の偉大な生涯と市川梨についてまとめました。
 校長室前の廊下に展示したので,以前作成した「貝塚の話」「下総国分寺の話」とともに見ていただけると嬉しいです。
 
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